高齢化社会の波

熊本帰ってきてすぐだけど,すこし色々考えさせられることがあったので書き記しておく.

今日は博多で学部時代の同期と一緒に飲んで,新幹線で熊本に帰ってきた.

久々の再開に花も咲くわけでお互いの将来とか話したり,友人は教員になってもう3年経つから忙しそうだった.

矢継ぎ早にいろんな話をし,自分の将来のこともしっかり考えなきゃなあなんて思って博多を後にした.

そんなこんなで熊本に着いた後,親父に駅まで迎えに来てもらった.

久々に会う父親に,最近の話とか,将来の話とか,研究の話とか,熊本の話なんていう何気ない会話が弾む車内だった.

話は飛ぶけど,うちの実家はマンションで,駐車場への入り口は車では一つしかない.

歩行者用の出入り口は他にも少しあるけど,自転車すら通れないレベルのものなので実質車で通れる出入り口は一つ.

話を戻す.

自宅前まで帰ってきて,車を駐車しようというところで,道路の真ん中に70〜80歳くらいのおばあちゃんがうつ伏せに倒れてたが目に飛び込んできた.

二人ですごいびっくりして,一体どうしたものか,何があったんだと.

親父が車を停めている間に,おばあちゃんのもとに駆け寄ると,足腰が痛くて歩けないのはおろかどうやら立つことも難しい様子.

「自分の家の中に知らない人が5人くらいいるから,警察に行ってきた帰りに歩けなくなってしまった」とのこと.

あまりにも状況がわけがわからない.

自力で歩けそうにない状態だったのと立てるかどうか手を貸しているところで,駐車場の真ん中にいるので車が来てしまった.

状況も状況なので手を上げて車を止めると,同じマンションの住人である20代くらいの金髪・ピアスの(田舎)ヤンキーだけど,後でわかるが親身でしっかりしているカップルが降りてきて,どうしたのかと聞いてくる.

おばあさんの足が悪くて,ここに倒れていたから負ぶって家まで運ぶところだということと,もしかしたら家に不審者がいるかもしれない旨を伝えると,二人とも付き添って家まで来てくれた.

父がおばあさんを背負い,部屋の番号や名前を聞き,先に二人に家を見てきてもらった.

念のため,自分は警察に連絡した.

家は普通に鍵が開いていた.

おばあさんは一人暮らしらしいが,明らかに男物の靴が4足ほど置いてある.

玄関先には竹刀なんかもおいてあり,やたらと酒とたばこ臭くてテレビも点いてる.

「誰かいますかー」「ごめんください」と声を掛けても返答なし.

最初は認知症の線も疑ってみたけど,返答はハキハキしてしゃべるし,記憶の混濁・意味不明な言動や最近の記憶の忘却というのもなく,認知症とは明らかに違う.

とりあえず家に4人がかりで運び込み,親父が自宅の固定電話で娘さんに連絡する.

事の顛末はこうだ.

・2年前に旦那さんが他界してから,おばあさんは一人暮らし(3LDKのだだっぴろい部屋にたった一人で,だ).部屋の男物は旦那さんの私物だったものらしい.

・娘さんは同じ熊本市内の少し離れたところに住んでいる(車で30分程度?)

・電話で聴いた話によると以前にもこういうことがあった.

→おばあさん本人と娘さんの話によれば,おそらく原因は酩酊状態での睡眠薬服用かつ睡眠薬オーバードーズ(4倍の量を摂取).不審者云々は,これによる幻覚症状と思われる

・娘さんは「寝かせておけば大丈夫」と様子見に来る気配もない(俺が一番キレてるのはここ).

・しぶしぶ,おばあさんを一人にして念のためにもう一度警察に連絡(下手すれば不法侵入になる恐れもあるし,このような孤独世帯を知ってもらうのも必要だと思われるので)

→警察はどうやら新人っぽくて道を間違え,5分で到着する予定だったが30分後に来た(いくらなんでも遅すぎ).一応,話だけするということなので我々4人は解散して,警察だけを残して帰宅.

このマンションは出来てから20年あまりで新しい.俺はここで生まれたわけではないけど,10歳前後から大学までの10年以上ここで過ごしてきた.

両親によれば,うちのマンションの現状はこのようになっているらしい

・アクセスの良さや中心街に近いので,引っ越しなどの人の出入りがほとんどなく,子供だけ大きくなって外に出ていき,各世帯が急速に老齢化.

→そのため,高齢者一人暮らしor夫婦の世帯が急増

・現在,全体でも小学生が3人程度という圧倒的な少子化

このような現状.

高齢者の孤独死というのは,間近で起こりうる現実なんだと強く悟った.

夫婦の一方をなくしたからと言って,体の不自由や様々な理由からすぐに引っ越すことができるでもなく,話し相手もどう考えても周りにはいない.

自分の娘・息子家族や親戚が常に近くにいるとは限らない.

どう考えたって,一人暮らし3LDKなんて若者の自分一人でもただ寂しいだけである.

ましてや,数十年連れ添った旦那さんを急になくしたおばあちゃんが一人だなんて寂しくないわけがなく,結果として酒と睡眠薬に溺れるのも胸が痛いほどわかってしまう.

それしか心の拠り所がないんだよなあ.赤の他人であるですら,気持ちがわかってしまって泣きそうだったよ.

しかし,こういう現状を知ってて放置する娘さんには憤りを隠せない.

明らかに介護施設に入れてあげないと,本当にいつかひょっとしたことで亡くなる可能性だってある.それに人との関わりがない毎日が楽しいわけない.

今は応答も溌溂だったけど,数年後に身内の顔すら分からなくなる状況もありうる.

そうしたときに,どうしてあげれば良いかなんて素人がわかるはずもないんだ.

同期と話して未来が感じられる今日だったからころ,祖父母や親・自分の果ての姿を見てひどく苦くも確実に来る現実を,これからの両親たちの将来を見た.

これよりももっと高齢化は進み,高齢者同士が助け合おうとしても能力的には無理がある,どうしようもないというような現実が来るのは目に見えているわけで.

自分の数年後を考えるのも勿論大切なことだけど,その数年後に周りが,親戚が,家族がどうなっているのか,自分が家族としてどうしてあげなければならないのか,何ができるかは常々考えておく必要があると強く感じた出来事だった.

あの見知らぬおばあさんには悪いけど,自分にとってはよい経験だったと思う.

何か縁あってこういう出来事が起きている気がするんだなあ,最近.

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