読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

吉野詣でのち詩集二冊

連休最後のイベントは一族6人での吉野詣で。ゴールデンウィーク吉野山は、桜の季節の後ということで意外と穴場です。宿泊客はいるものの、大して大きなホテルがあるわけでもなく、静かに散策できます。昼過ぎに、念のため予約しておいた特急に乗って(でもがら空き)3時過ぎに吉野駅着。雨模様でしたが、本降りになることはなく降ったり止んだりの柔らかい雨の中、まずは大和3庭園の一つ竹林院で新緑浴。天気が悪いのであまり見晴らしはよくないものの、山に霧がかかって神秘的な雰囲気です。続いて、金峯山寺蔵王堂で蔵王権現さんたちにご挨拶。6人のうち二人は初めてということで、新鮮だったようです。あとはゆっくり買い物したりお茶したり。最後は七曲りの坂を下って吉野駅まで。ここは桜も絶景ですが、楓の新緑がみごとです。若葉青葉のトンネルを抜けて無事に駅到着。秋の紅葉はさぞかし立派でしょうね。今年こそ秋に行ってみよう。帰宅は8時前。

6人での晩ご飯は、吉野で買ってきた鮎の塩焼き、豆腐、湯葉などで山の美味を味わいました。みなさん喜んでくれてよかった。10時過ぎにおひらき。

その後、詩集を二冊読みました。以下はツイッタより。

谷川俊太郎18『ことばあそびうた また』(福音館書店1981)言語実験は続く。前作以上にストーリー性が強く凝ったつくりが特徴。遊びの精神は詩精神と同一であり産みの苦しみは産みの楽しみでもある。瀬川康男の絵も楽しく、耳と目との両方で遊べる一冊だ。それにしても、この先にあるものとは?

谷川俊太郎19『わらべうた』(集英社1981)過去数年にわたる言語実験の成果はこの詩集かもしれない。一見ナンセンスな「ことばあそび」が「うた」を獲得することで、現代詩に失われつつあった音楽を始原の状態から呼び戻そうとする試み。この後に続く子供の詩、歌詞、ひらかな詩への貴重な一歩。

(引用ここまで)

深夜ワインはシチリアの赤。音楽はありません。理由は前夜と同様。新緑がきれいな初夏の夜の羽曳野丘陵です。