戦型の画一化が招く魅力の低下

まいどおなじみ「分かる人にしか分からない」日記ですw。

ワタクシは将棋と卓球をこよなく愛している。今は自分でプレーすることは少なく、もっぱら観戦ばかり

なので「乗り鉄」ならぬ「見る将、見る卓」である。

その両者において、特にここ10年ほどで憂慮すべき事態が起こっている。それは「戦型の画一化」だ。

将棋界においては居飛車の角変わりと横歩取り、卓球においてはシェイクハンドの裏+裏攻撃型です。

↑のように書いてもまさに分からない人にはさっぱり分からないであろう。

野球の投手に例えればプロ野球のピッチャーのほとんどが「上手投げで直球・スライダー・フォークを

投げるいわゆる本格派」になってしまい、下手投げ、ナックルボーラー、超技巧派・・のような個性的な

選手が少なくなってしまったのに似ている。

将棋界で言えばかつては振り飛車、矢倉、相掛かり・・・など個性的な将棋をさす棋士がたくさんいた。

晩年、鉄壁の守備力を武器にした振り飛車でA級在位のまま無くなった大山15世名人を筆頭に

いろいろな戦型の将棋が見られた。

卓球界でも欧州のシェイクハンドの裏+裏攻撃型に対して中国ペンに表ソフトを貼った中国勢の拮抗や、

カットマン、イボ高ショート・・・など多くの戦型があり、見ていて楽しかったものである。

然るに、上述の通り、現在の将棋界、卓球界ではどこを向いてもシェイクハンドの裏+裏攻撃型と居飛車角変わり・横歩取り

ばかり。正直見てて飽きるのである。

この戦型の画一化の理由ははっきりしている、。

将棋でいえば「振り飛車=不利飛車」と言われるとおり、振り飛車の勝率が明確に下がったのだ。

特に現代将棋でいえば、居飛車側が穴熊に組むことがほぼ定跡化されていて、居飛車穴熊を破る画期的な

方策がなかなか見出せないのだ。矢倉については以前は先手有利と言われ、現在では後手に有望な定跡が発見

されたため、先手を持っても後手を持ってもお互いに矢倉を避ける傾向が強まった。かつて「将棋の純文学」

と言われ、王道だった戦型の将棋がなかなか見られないのは寂しい。

それに角変わり・横歩取りといった将棋は序盤での変化が激しくて我々素人はとっつきにくい。なかなか自分が指すときの参考に

ならないのだ。自分が好む戦型と違った将棋は見ていても興味がわかないものだ。特に横歩取りの序盤の変化などというのは

余りにも複雑な変化が多すぎて、ワタクシもよう指さない。

卓球においてはもっと単純で、ようは「シェイクハンドの裏+裏攻撃型でないと勝てない」というレベルまで達しつつあると思う。

上は世界選手権から下は小学生クラスまで、いかなるレベルの試合でもシェイクハンドの裏+裏攻撃型が明確に有利に試合を運ぶ

(もちろん実力が拮抗しているというのが大前提だが)。一時中国においてあれだけ一世を風靡した中国ペンに表ソフトというタイプがほぼ淘汰されてしまったのは明らかに勝ちにくいからだろう。

将棋においてはさらにコンピューターによる定跡解析が進んで、コンピューターも結局は居飛車角変わり・横歩取りばかりを指すという傾向に

あるようだ。人間の直感だけではなく冷徹なコンピューターがそういう結論を出してしまった以上、我々ど素人のように「いろんな戦型の将棋を

楽しみたい」などという甘い考えでなく、シビアな勝負の世界に生きるプロ棋士が有利な戦型を選ぶのは当然だろう。

人間、勝負をする以上、誰しも勝ちたい。しかし見る側からすればその結果が戦型の画一化ということになると正直興ざめなのである。

今後この流れが変わるとも思えないが、誰か天才があっと驚くような新戦法を編み出してファンの目を楽しませて欲しいものだ。